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「建築の旅」19

2022.12.27建築の旅

こんにちは。

今回は私が今まで見た住宅のなかで一番好きな、ラルフ・アースキンの自邸を紹介します。
アースキンは1914年イギリスに生まれ、スウェーデンで活躍した建築家です。
私のちょうど30歳先輩。
環境と温熱と低エネルギー消費に配慮した建築を、近代建築が全盛期の50年代から一貫して提唱し、実践し続けた建築家で、学生の頃から最も注目していた建築家のひとりでした。

特に彼の自邸は、地味な作品ですが考え方と空間に浮ついたところがなく、70年代に雑誌で紹介された時から気になる作品でした。
またその自邸は別棟のオフィスと併設して郊外の住宅地に建てられていて、職住一体のゆったりとした彼のライフスタイルにも興味がありました。


そこで、1993年に家族旅行でスウェーデンを訪れた時、思い切ってアースキンに会いに行こうと思いました。

ホテルの電話帳で番号と住所を調べ、電話して「私はあなたの作品が好きな日本人の建築家でいまストックホルムに旅行に来ているので是非会っていただきたい。」と伝えたのですが、秘書に彼は忙しいのでダメだと無下に断られてしまいます。まぁ当然ですよね。

しかしめげずにもう一度電話して「私が今回ストックホルムに来たのは、あなたに会うのが目的なのです、10分でいいのでお時間をいただけないか」と懇願したところ、ようやく彼に取り合ってくれて「では3時からお茶の時間なので、それでよければ明日来なさい。」とお許しをもらえたのです。

私は39歳、アースキンは69歳。ちょうど今の私と同じくらいの年でした。
ストックホルムの中心部から地下鉄で30分くらいの静かな住宅地の中にあり、敷地はゆるい傾斜地になっています。
石垣で囲われた中庭を挟んで、右が自邸、左がスタジオで、二つは同じような形をしています。完成は1963年。

まずスタジオを訪れアースキンにお礼を言い、会えて嬉しいと伝え、日本から持ってきた彼を特集した雑誌を見せながらしばし歓談しました。
すると彼は「私の家を見に来たんでしょ。」と察してくれて、すぐに私を自邸に案内してくれました。さらに驚いたことに「じゃあ私は忙しいから勝手に見て回っていいので終わったらスタジオに寄ってくださいね。」といって戻ってしまったのです。

外国から来た初対面の私に対してあまりに寛容なのに戸惑いながら、でもおかげで30分ほどゆっくりと隅々まで見ることができたのです。


まずは外観と中庭から。
外観はかまぼこ型の躯体に浮き屋根が乗っているのが特徴です。
浮き屋根は寒い地方の民家や日本でも倉などで見かける形式ですが、雪の冷たさや夏の暑さが躯体に伝わりにくく、雪解けと凍結の繰り返しによる「すが漏れ」を防止する効果があります。
その下の躯体は断熱と蓄熱の両性能を兼ね備えた発泡コンクリートの大型プレキャストブロックを積層したもので、熱損失が少ない単純な形をしています。
いずれも冬が厳しい北欧の気候風土から導き出された形であることがよくわかる外観です。
アプローチは地面から一段上がったウッドデッキになっていますが、これもこのほうが雪かきがしやすいからだと思います。デッキの両側に植え込みがあってデッキ下に雪が入らないようにしているのもデッキを長持ちさせたいからでしょう。全てがサスティナブルに考えられています。
中庭には洋梨の木があり、実が水盤の中に落ちていました。
家の庭に果樹を植えるのはモーゲンセンの自邸でも見かけましたが、北欧ではよくやることみたいです。日本でも昔は家に柿の木やイチジクや柘榴とかありました。家に実がなる木があるのは楽しいですね。

これは驚くほど小さく気取りや虚栄のない家の入り口。風除室になっている分が外に出張っていて寒さが家に入らないようになっています。


では中に入りましょう。
内部は躯体のかまぼこ型がそのまま現れたワンルームで、外観からよりも広く感じられました。敷地の高低差に合わせてフロアレベルが上がっていき、奥が個室と水回りになっています。


よく見るとかまぼこ屋根が広がるのを止めるタイバーがあるのがわかります。
これは暖炉。回転することができるみたいでした。間口は6mくらいでしょうか。広いリビングには家具のしつらえによりさまざまな居場所が作られていて、長い冬でも天気や時間や気分や人数に合わせて飽きずに過ごせるようになっているのが素敵でした。
家のなかには生活に必要なもの以外にも家族が好きなものや好きな本、旅行で買ったと思われる思い出の品々などが沢山置かれていて生活感満載でした。しかし、インテリアのセンスがいいのと、何より上部に広がる建築空間が力強く寛容であるためにいっさい気になることがありませんでした。

その光景はまさに「建築」が雑多な「日常生活」を暖かく包みこんでいる姿でした。

どちらかがどちらかを犠牲にするのではなく、両者が見事に共存しているのでした。

おそらく住宅設計における建築性の追求の結果とはかくあるべきなのだという一つの答えを、ここに見た気がします。
これは入り口のすぐ横にあるアースキンの書斎コーナー。デスクだけでなく休憩用の落ち着いたソファスペースが床のレベル差を使ってしつらえてあり、中庭を見る横長の窓がソファに座った目線の高さで作られているのが気が利いてますね。


冬が厳しいので開口部は限られているだけに、そこから入る光が愛おしく感じられます。
照明も少ないですね。人がとどまるところだけにしかありません。

上のレベルから見下ろしたところ。
キッチンの上はロフトになっています。その手前は子供のためのプレイスペースでしょうか、小さな暖炉がついていました。
ダイニングスペースは2つ、キッチンの中と外にあります。
決してきれいとは言い難いキッチンですが、面白いところがたくさんあります。
左手のオープンや正面右手の電子レンジが宙吊りになっていたり、コンロが横並びの4連になっていたり、そのコンロの位置がカウンターの奥の方に落とし込まれていて手前のへりのところにお皿を置いて盛り付けできるようになっていたりとかです。
正面のカウンターの左端には細いつっかい棒みたいなものがあり、それを外すと左半分が下に折り畳めるようになっていて、その向こうにあるドアから外に出られるようになっているのでしょうか。アイデアがいっぱい詰まった建築家の自邸らしいキッチンでした。


外観は地味で単純な形の家ですが、内部はうきうきするような空間の変化と生き生きとした生活感にあふれています。しかもエコロジカルでサスティナブル。60年の歳月を経た今でも魅力を失わない普遍性を持つ名作ではないかと思います。


家を見終わり、スタジオに戻り、忙しそうなアースキンに丁重にお礼を述べその場をあとにしました。
ホテルへの帰り道、なぜかとても幸せな気分だったのを今でもよく覚えています。
今年の建築の旅はこれで終わりです。
来年はフィンランドから始めます。

ではみなさんどうぞ良いお年をお迎えください。

(横内)