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「建築の旅」25

2023.02.10建築の旅

欲望の歯止めが効かなくなったローマ社会の中で、人の生きる倫理を問うキリスト教が市民の間に普及していき、大きなうねりとなっていきます。
そして西暦313年、ついにコンスタンティヌス帝により、キリスト教が公認されます。
これはローマ郊外にあるサンコンスタンツァ教会です。
コンスタンティヌス帝の娘であるコンスタンツァの墓廟として、4世紀の初めに自身もキリスト教信者だったコンスタンティヌスにより建てられました。
それまでのローマの巨大建築とは違い、規模も小さく表現も禁欲的です。
内部には美しい光に満ちた空間が広がります。
それまで弾圧の対象だったキリスト教は解放され布教が盛んになり、392年テオドシウス帝の時代にローマ国教となります。以後ローマ教会が力を増し、ローマ帝国は東西に分裂し衰退していきます。
その後ローマ帝国は滅亡し、ヨーロッパは数世紀にわたり、キリスト教が人々の暮らしの中心となる中世という時代に突入します。


中世には各地に都市国家が生まれます。その多くは城壁や山の上などの自然の要崖に囲われた地につくられました。トスカーナ地方のサン ジミニャーノもそのひとつで、長い尾根筋にあります。
サン ジミニアーノは街の中に沢山の塔があることで有名です。
かつてはローマとトスカーナを結ぶ交易都市として栄え、最盛期には70もの塔が立っていました。塔には大した機能はなく、富を競い合うためにどんどん高くなっていったようです。
地形に沿って微妙にうねる街路が美しく、あちこちに塔が見えがくれするのが魅力です。
中世都市の中心には必ず広場があります。
その広場に面して教会堂や役所などがあるというのが共通した形式なのですが、ローマの都市と違い、それ以外の公共施設はありません。
中世都市はオープンスペースがとても魅力的です。


もう少し大きな都市になると、中央広場には大聖堂が建てられるようになります。
これはオルビエートという街にある大聖堂。
西暦1000年あたりから約300年かけてつくられました。
建築様式はゴシックですが、イタリアは地震がありますので、北ヨーロッパのゴシックのように構造が繊細で開口部が大きいものにはならず、ローマ建築の伝統を受け継いだロマネスクに近いものとなります。それにしても白と濃緑色の2色の石積みによる圧倒的な壁の迫力は見事ですね。
日本の建築が屋根の建築であるなら、西欧の建築が壁の建築であることがよくわかります。
内部空間はシンプルですが、美しい光に満ちています。
ファサードは一番最後に完成しましたので少し取ってつけた感じがします。なにせ300年かかってますのでその間に北ヨーロッパから入ってきた新しい様式に影響されたのでしょう。

ちなみにオルビエートはイタリアでも有数の白ワインの産地としても有名なところです。

次回はシエナを訪れます。
ではお楽しみに。

(横内)