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「建築の旅」28

2023.03.03建築の旅

こんにちは。


ルネサンス期の建築家はたくさんいますが、やはりブルネレスキが一番いいというのが私の結論です。

ブルネレスキは1377年に生まれ、1446年に亡くなります。
ブラマンテは1444年の生まれ、ダビンチは1452年、ミケランジェロは1475年の生まれですので、彼らからするとブルネレスキはひいお爺さんくらいなんですね。つまり、何も前例がない時代に、ひとりでルネサンス様式をつくりあげたのがブルネレスキだったのだと思います。
ブルネレスキといえば、なんといってもフィレンツェの中心にあるデュオモのクーポラ(ドーム屋根)でしょう。

1296年に着工して以来多くの建築家が携わり、1410年頃にはクーポラの下までは出来上がっていたのですが、その時点ではどのような方法でドーム屋根をかけるかは未解決のままでした。
そこで1418年にクーポラの意匠と施工法の設計コンペが行われ、当時41歳だったブルネレスキの案が採用されます。
彼はこのコンペが告示される前からローマにたびたび滞在して古代ローマ建築の研究をしており、構造のアイデアや後にルネサンス様式となる建築の秩序を確立したようです。

彼の設計でクーポラは見事に完成し、1436年、サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂という正式な名称を与えられます。
この仕事で一躍時の人となったブルネレスキは、その後オスペダーレ デッリ イノチェンティという孤児保育院をそれまでの建築とは全く違う新しい様式で設計し、1445年に完成させます。
現代建築を知る私たちが見ても驚くほどの軽快さと解放性ですから、壁が支配的だった当時の人々にとってはさぞ革新的だったことでしょう。
まさしくイタリア人の誇りを取り戻す新しい時代の到来を告げる様式だったに違いありません。

サンタ クローチェ教会内にあるパッツィ家のチャペルもブルネレスキの設計です。
正方形を基本にした立面のプロポーションが美しいですね。古代ローマの建築を規範としながらも、新しい時代を象徴するような、独自の様式をつくりあげています。
ダビンチも、ブラマンテもミケランジェロもみんなこれを見て育ちました。
上にかかってる木造の屋根もいいですね。縦樋が外に出ないように、呼び樋でずっと奥まで呼び込んでるのも面白いです。
これらとほぼ同時期にブルネレスキは2つの教会の設計にとりかかります。
そのひとつがサン ロレンツォ教会です。
内部はピエトラセレーナという緑灰色の砂岩と漆喰でできていますが、柔らかい光のなかで色合いがとても綺麗に見えます。プロポーションが厳格で美しい。

それまでのイタリアンゴシックの教会とは違った空間性であることがよくわかります。

もう一つはサン スピリト教会です。

この内部空間はほんと美しい。中世キリスト教が持つおどろおどろしさがみじんもありません。近代はここから始まっていたのかもしれません。
特に側廊のヒダの深さが魅力です。建築と彫刻と絵画がこの空間で一体化しているのがよくわかります。


次はローマにあるブラマンテ設計のテンピエットです。
サン・ピエトロ・イン・モントリオ教会の中庭に建つ小さなお堂で、1509年に完成しました。
ルネサンス建築の最高傑作と呼ばれていて、クーポラの形などが後世の様式建築に多くの影響を与えたといわれていますが、正直日本人の私にはその良さがよくわかりません。
ミケランジェロの建築も同じです。彫刻家としては天才だと思いますが。

このパラッツォ ピッテイもブルネレスキの設計と言われていますが、定かではありません。外観は多分違うと思います。
この時代にはこのような有力商家の大邸宅がさまざまな建築家の設計により数多く作られます。
出入り口のサイズや階高の大きさとかがすごいですね。このスケール感はやはり古代ローマ建築の影響なのでしょうか。

では次回はヴェニスを訪れます。お楽しみに!
(横内)